2026年7月、京都・聖護院にセレクトショップkotoをオープンしました。
最初のブログなので、まずはkotoがどのようなことを考えている店なのか、いまの私たちなりの言葉で書いてみようと思います。
店名の「koto」には、京都という「古都」、ものの背景にある「事」、そして人から人へ伝わる「言葉」という意味を重ねています。
服そのものだけでなく、その服が生まれるまでの背景や考え、それを手に取る人との会話まで大切にしたい。そんな思いから、この名前をつけました。
いまのファッションを取り巻く環境は、とても速く動いています。
毎日のように新しい商品や情報が生まれ、気になったものをすぐに買える。便利で楽しい一方で、少し消費的になりすぎているのではないかと感じることもあります。
もちろん、新しい服を買うことが良くないとは思っていません。私たち自身も、服に出会い、選び、身につけることを楽しんできました。
ただ、たくさんの選択肢がある時代だからこそ、自分が身につけるものについて、もう少し丁寧に考える時間があってもいいのではないかと思っています。
誰が、どのような考えでつくった服なのか。
自分はなぜ、その服に惹かれたのか。
普段の生活のなかで、どのように着ていきたいのか。
そうしたことを考えながら選んだ一着は、ただ消費されていくものとは少し違う、自分の生活に近い存在になっていくように思います。
kotoが大切にしている考えの一つに、「余白」があります。
余白というと、何もない空間や、あえて何かを足さずに残すことを想像するかもしれません。
私たちは、余白を残すことと同じくらい、その余白をどう活かすかも大切だと考えています。
同じ服でも、誰が、どのように着るかによって、表現されるものは変わります。
年齢や職業、暮らしている場所、生活のリズム、趣味や好み。その人がこれまで過ごしてきた時間や、普段の振る舞いも含めて、スタイルはつくられていくものだと思います。
スタイルは、服だけで完成するものではありません。
だからkotoでは、決められた着方や完成されたイメージをそのまま当てはめるのではなく、会話をしながら、その人の生活や感覚に合う着方を一緒に考えていきたいと思っています。
その人が持っているものをなくして服に合わせるのではなく、その人らしさを残しながら、服によって新しい感覚を少し加えていく。
その人ならではのスタイルが生まれることも、余白を活かすということの一つだと考えています。
丁寧に選んだ服を身につけることで、いつもとは少し違う場所へ行ってみたくなったり、誰かに会いたくなったり、普段とは違う気持ちで一日を過ごせたりすることがあります。
服が生活のすべてを変えるとは思いません。
それでも、自分で選んだ装いが、日常の見え方を少し変えたり、何かを始めるきっかけを与えてくれたりすることはあると思っています。
kotoは、一人の考えだけで形になった店ではありません。
私たちkotoディレクションチームを中心に、店ができるまでにはさまざまな方に携わっていただきました。
それぞれの方と話し、考えを交わし、自分たちだけでは気づけなかった視点や感覚が加わることで、少しずつ今のkotoが形になっていきました。
一つの考えですべてを決めるのではなく、異なる感覚を受け入れ、その間に生まれたものを活かしていく。
振り返ってみると、店ができるまでの過程そのものにも、kotoが大切にしている余白があったように思います。携わってくださった皆さまには、改めて感謝しています。
まだ始まったばかりなので、私たちのなかでも、すべての答えが決まっているわけではありません。
お店に来てくださる方や、これから関わってくださる方との会話によって、kotoの考え方や店の形も少しずつ育っていくのだと思います。
このブログでは、取り扱っている服やブランド、その背景にある考え、店のなかで感じたことなどを、自分たちのペースで綴っていきます。
koto
京都市左京区聖護院蓮華蔵町20
12:00–19:00 / 水曜定休